2014年01月29日

心持ちはずいぶん違う

名前を呼ばれるのを待ちながら本を読んでいたら眠くなって、首を回したついでに天井を見上げる。一箇所に蛍光灯が5本並ぶようになっている四角いスペースが、いくつか並んだ病院の天井だ。
 5本取り付けられるようになっているのにnu skin 如新、中の3本が外されて両端の1本ずつになったのは、先の震災の後だった。点いている蛍光灯よりも、外されてぽっかりと空いたスペースが目につくのを見て、そのことを思い出した。

 蛍光灯が減らされたばかりの頃は暗くなったなあと心細く感じたものだったけれど、あれからずっと2本ずつのまま、いつの間にか慣れて忘れていた。でも、改めて3本分の空間を眺めれば思うのだ。これが全部点いていたらどんなに明るくて本も読みやすいだろう。以前は、どれくらい明るかったんだっけと。

 全体で何本あるべきなのかは数えていないけれど如新集團、例えば5本×10基で50本あった蛍光灯が、2本×10の20本になっているとすると、30本分の空間がそこにあることになり、それは(この際、節電ということは横に置くけれど)「不足」と目に映る。
 でも、もしも改装をして、最初から20本の蛍光灯がきれいに並ぶ天井になったらどうだろう。たぶん、というか、きっとわたしは、天井を見上げて足りない分を数えたりはしないだろう。

 そのとき明るさについて考えることがあるとすれば、「今」を基準にすると思う。
 50本の時の明るさを振り返って懐かしむのではなくnuskin 香港、20本の蛍光灯に、もし30本増やしたらどれくらい明るくなるかなというふうに。(そして30本も多く必要ないことは即座に肯定できそうだ)

 不足を補おう、失ったものを取り返そうとするのじゃなくて、今あるものに新たに足すことを考える。
 どっちも結果的には同じことのようだけど、心持ちはずいぶん違う。


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Posted by hetinese at 11:55│Comments(0)記事
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