2014年05月20日

冒頭のある集団

ある時、なにかの共通項目で偶然集まった人々。
たまたま、全員、同業者、ほとんど同じような環境、同じような収入、同じような年齢。
そうなると、個性があぶりだされる。

これは、たとえば、同じ会社の社員家族寮に住んでいる妻子だとする。
同期ならある年齢まで王賜豪主席、全員、同じ給料。
同じ住まい、同じ部屋面積、同じ間取り。

夫は全員同じ会社。同じ年齢。
とすると、違うのは、奥さんと子供。
そうなると、子供の競争になったりする。
あるいは、夫や妻の背景の違い。
同じ給料で、同じ場所、同じ住まいで、同じ生活だけれど、
ある人は、親に仕送りし、かたや、ある人は、親から援助を受ける。
貯蓄姿勢も違ってくる。
貯蓄などできやしない厳しい状況の人や、貯蓄などする必要もない人。
同じランクの服を着て、子供たちを同じ幼稚園にお見送りお迎えし、笑顔で接する妻たち。
これは、けっこう、しんどい。


それでかどうかは、知らないが、ある程度の年月が経つと、自分たちの住まいに移り、
社宅からは、どんどん出て行く。
新入社員や転勤してきた人々が、次から次へと入ってくるが、最古参になっても、ちっとも出て行けない人もいる。
年齢も違ってきて、またまた、お付き合いもややこしい。

・・・

冒頭のある集団。同じ職業nu skin 如新
社会的地位も同じ、社会的ステータスも同じ、使えるお金もほぼ同じ(○○円以上)。
なので、個性が際立つ。
ある人は、目をむくような高価な外車を何台も乗り回す。奥さんは、ブランド好き。
ある人は、夫婦共に、いたってクールな知的生活。
ある人は、地味でマイペース。
ある人は、趣味のカメラに没頭。
全員、背伸びもしないし、競争もしないし、人をうらやむこともしない。
「へ~、そうなんですか。それ、おもしろいですか?(わたしは興味ないなあ)」
「へ~、そうなんですか。どうやって、やるんです? 教えてください」
という感じで、距離感があって、べとつかない。

自分の時間を自分流に使う。

おそらく、ハードではあるが、自分の生き方や生活に、一生懸命だからだろう。

・・・

有るものを自慢しあって中一入學申請、競争するのも、ばかばかしい。
無いものを妬み、拗ねるのも、意味がない。

しかし、本当に悲惨な毎日の暮らしの場合、そんなことは言ってられない。
その暮らしを変えることは、できない。
どうやって、こころを平静に保つのだろう・・・
慣れることか? あきらめることか?
環境に順応することか?
信仰かも知れない。

・・・

毎日、平穏に過ごせることに感謝。
なにもないことの、しあわせ。
こころに波風が立たないことの旅行團、ありがたさ。

これを退屈と言ってしまえば、それまでだ。
気持ちの持ちようにも大きく左右される。
心身ともに健康であることが、進む道も平坦で安定している。
決して退屈なんかではないはず。


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Posted by hetinese at 16:58│Comments(0)記事康泰
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